卓球界のアイドル!福原愛選手

愛ちゃんこと福原愛選手は、卓球をマイナーなスポーツからメジャーなスポーツへ、そして根暗なイメージを払拭してくれた立役者であることは、誰しもが認めるところです。

試合に負けそうになるとすぐに泣き始めることから、「泣き虫愛ちゃん」と親しまれていました。

そんな愛ちゃんは2018年10月に引退し、今では立派な二児の母。時代を感じてしまいます。

福原愛選手は、バックに異質ラバー(アタック8)を貼った異質攻撃型の選手としても有名です。

目次

福原愛選手の主な実績

愛ちゃんの実績は、残した大会成績の素晴らしさもさることながら、根暗なスポーツと言われていた卓球を、日のもとに出してくれたことでしょう。

卓球の試合をTVで観戦できるようになるなんて、私が中高生の頃は考えられなかったことです。

世界ランキング

部門最高ランキング取得時期
シニア42016年2月
21歳以下32008年12月
ジュニア32006年12月

天才卓球少女」の名に恥じない成績を残しています。

主な大会成績

日本国内の大会成績は省略いたします。

開催年大会名種目成績
2001ワールドツアー・グランドファイナル・天津女子ダブルス準優勝
2003アジア選手権・バンコク女子ダブルス準優勝
2004アジアカップ・バンダルマズハーシングルス女子ダブルス
2005ワールドカップ・広州シングルス3位
2005アジア選手権・済州女子ダブルス3位
2009アジア選手権・ラクナウ混合ダブルス3位
2010ワールドツアーグランドファイナル・ソウル女子ダブルス3位
2011ワールドツアーグランドファイナル・ロンドン女子ダブルス準優勝
2011世界卓球選手権・ロッテルダム女子ダブルス3位
2013荻村杯・ジャパンオープンシングルス優勝
2015スペインオープン女子ダブルス優勝
2015韓国オープンシングルス優勝
2015チェコオープンシングルス優勝

福原愛選手の歩み

家族の影響で3歳から卓球を始めています。

今でこそ、2歳や3歳で卓球を始めることは珍しいことではなくなりましたが、当時は驚いたものです。

泣き虫愛ちゃん

全日本卓球選手権・バンビの部に、4歳の幼稚園生が出場するということでマスコミが注目したことが始まりです。

なお、愛ちゃんが試合中に泣いたのは、この1回限りです。

この試合以外で泣いているシーンは、バラエティ番組でいじめられて泣かせられたからです。
(いじめを助長するマスコミ、許すまじ!)

プロ宣言

小学4年生の時、プロ宣言をします。

福原選手は、日本卓球界2人目のレジスタード・プロプレーヤーとなりました。(ちなみに1人目は松下浩二選手であり、卓球のプロ化への道を切り開いてくれた人です)

今はそのような制度はなくなっていますが、当時はプロ選手とアマチュア選手は区別されており、プロとして活動するためにはプロとして登録する必要がありました。

プロ契約をしていることにより、全中やインターハイに出場できないのでは?と言われていましたが、卓球界への貢献が認められ、特例で参加できるようになりました。

まさかの敗北!平成18年インターハイ

同年代では国内で無敵と言われていた福原選手ですが、たった一度だけ、インターハイの決勝で同年代に敗れています。

宇土選手は福原選手のバックの深いところが苦手だということを見抜き、ひたすらそこを攻め続け、ストレート勝ちをしています。

誰もが福原選手の優勝を信じて疑いませんでしたし、マスコミは福原選手しか見ていません。負けた後も、ショックで落ち込む福原選手しか取材していません。

消えた天才

TV番組「消えた天才」で福原選手と宇土選手に、当時のことについてインタビューしていました。

福原選手は、

あの負けが合ったからこそ今がある。そのときは悔しかったけど、今は感謝している。

宇土選手は、

愛ちゃんに勝って、改めて愛ちゃんの凄さが分かった。様相の頃からあれだけマスコミに注目されて、注目されている中で結果を出し続けることってすごいことなんだなって。

国内では無敵だった愛ちゃんにとって、慢心していたことを宇土選手に突かれた感じがしたのかもしれません。

宇土選手は、「愛ちゃんに勝った」選手ということが重圧となり、押しつぶされて、その後はこれといった実績を残せないまま終わりました。一時は卓球を嫌いになるほどでしたが今は立ち直り、卓球コーチとして卓球に関わり続けているのが救いです。

オリンピック

福原選手は、15歳のときにアテネ五輪に出場したのに始まり、北京、ロンドン、リオデジャネイロとオリンピックには4回出場しています。

北京五輪

早稲田大学を退学してまで臨んだ北京五輪。

平野早矢香、福岡春菜、福原愛で

北京五輪の3位決定戦で韓国に負けたときの涙は、印象深かったですね。

ロンドン五輪

平野早矢香、福岡春菜、石川佳純の3人で臨んだロンドン五輪。

準決勝でシンガポールに勝利した時、泣いて抱き合う卓球三姉妹。

北京五輪の悔し涙とは違う勝利の涙。誰もが感動した瞬間でした。

決勝では中国に敗れたものの、悲願の(銀)メダルを獲得しました。

リオデジャネイロ五輪

福原愛、石川佳純、伊藤美誠の3人で臨んだリオデジャネイロ五輪。

今回も日本の卓球女子チームは、卓球三姉妹と呼ばれて親しまれました。他の競技はなでしこジャパンとか、さくらジャパンとか言われているのにですね…、卓球は姉妹なんですね。

リオ五輪では、福原愛選手は日本チームのキャプテンとしての責任も、その両方にのしかかりました

脚に巻かれたテーピングが痛々しく、万全どころか満身創痍の状態で試合に望んでいることが見て取れます。

それでも日本チームのキャプテンとして、石川選手や伊藤選手を導いて、銅メダルを獲得したシーンはとても印象的でした。

結婚と引退

リオ五輪後、台湾の江宏傑選手と結婚しました。

五輪後は公式戦に出場することもなくなり、そのまま引退を決意するに至りました。

引退記者会見では涙を見せ、「やっぱり泣き虫愛ちゃんなんだな」と自分でも語っています。

バラエティー番組でいじめられて泣く愛ちゃんではなく、オリンピックで見せる悔し涙や嬉し涙、引退会見で見せる涙は人の心を動かしますね。

福原愛選手のプレー

バックには変化型表と言われるアタック8を貼り、前陣に張り付いてピッチの速い卓球で戦う前陣異質攻撃型です。

福原選手は、バックハンドに定評があります。

アタック8で変化をつけた返球をすることもありますが、スマッシュもします。変化系表なので、普通の裏ソフトラバーとは球質が違い、慣れていない相手は苦戦します。

丁寧のバックの深いところに送り、返ってきたボールをネット際にゆるく落とし(ドロップショット)、前におびき寄せて体勢を崩します。おびき寄せたところを、相手のミドルを狙って強打すると、体勢の立て直しをできていない相手は対応できません。

オリンピックでも、福原選手がドロップショットで相手をおびき寄せて体勢を崩すシーンが良く見られました。

福原愛選手の使用用具

ラケット Butterfly 福原愛プロZLF

前陣でのスピーディーなプレーを目指す選手に福原愛選手の監修モデル。

ZLファイバーの軽量、高反発という優れた性能に、インナーファイバー設計の「ボールをつかむ」感覚を備えることで、前陣でのスピーディーなプレーを可能にしたラケットです。

福原選手が監修しているとだけあって、前陣に張り付いてミート打ちやスマッシュを主体とする選手向けに作られたラケットです。

特殊素材入りですが、打球感は木材ラケットに近く、強く打つとカーボンファイバーの強さが生きてくるというラケットです。

前陣に張り付いてプレーするには申し分ないラケットですが、下げられた時に飛距離に物足りなさを感じてしまうという欠点があります。

ストレート、フレアの他に、珍しくアナトミックグリップがあります。

フォア面 Butterfly スピンアート

バタフライ初のエネルギー内蔵型粘着性ラバーですが、残念ながら、2019年12月2日で廃盤になっていまいました。

探せば、多少在庫が残っている卓球用品店はあるかもしれません。

ZLFのラケットとはひじょうに相性が良かったようです。

ひじょうに回転がかかると評判のラバーです。しかし、私は回転をかける以前にラバーが重くて腕を痛めました。(私が非力なだけ…)

バック面 アームストロング アタック8

アタック8にはM粒とL粒があります。福原選手はM粒を使用していました。

M粒は、変化重視です。

ひじょうに扱いづらいラバーですが、ものにできれば強い武器になるラバーです。

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